• 小森智文

人間五十年

 最近は、人生百年時代という言葉が独り歩きし過ぎているように思います。

 男性の平均寿命80歳、女性が87歳程度です。そして、健康寿命は、それよりももっと短いのです。


 表題の「人間五十年」というのは、織田信長が桶狭間の合戦に挑む際に舞ったという 幸若舞「敦盛」の一節「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」のことです。

 6月29日深夜3時頃に携帯電話が鳴り、熟睡していたところを起こされました。

 そして、電話の相手は、警察署からだでした。その内容は、その数時間前にお会いした西成区で自らLGBTの当事者であるということをオープンにしていて介護事業所を運営されている方(以下、Uさん)に関することでした。

 

 私がUさんと知り合ったのは、1年半前のコロナ禍でzoomを使ったオンライン勉強会の場でした。

 直接お会いしたのは、それから1年後、今から半年前でした。そして、2回目として会うことになったのが、Uさんから、西成区の通称三角公園(萩之茶屋南公園)で行われる釜ヶ崎夏祭りの実行委員会に参加してみないかと誘われた6月28日でした。

 新今宮駅前には、星野リゾートが運営するホテルが開業しましたが、その南に数百メートルも行くと、昭和を感じさせるような世界がありました。そして、夏祭りの実行委員会に参加する方々には、差別問題、労働問題や依存症問題など様々な立場がおられ、私にとって今まで接してこなかった方々でした。

 そこに参加されている多くの方々と、Uさんは、ニコヤカに、そして、陽気で打ち解けて接していらっしゃる姿は、私には決して真似のできない魅力のある方でした。

 そのUさんと、実行委員会の打ち合わせが終わってから食事に行き、たった1時間にも満たない時間でしたが、LGBT当事者としての介護問題や、パートナーの方への思いなどの話を聞かせてもらいました。


 そして、その数時間後、警察からの電話では、Uさんが路上で倒れていたということで、スマホの電話履歴があった私に対して、当日の行動、何か異変はなかったか、何を食べていたかなどが次々と質問されました。最後に、私から容態を聞いたところ、芳しくないという返事で、それ以降共通の知り合い方々に、メールやメッセージを送るなどをして起きていると、その1時間後に、別の方から逝去されたということを知らされました。


 その後、自分がこの会に参加をしなかったら、食事を断っていたら、Uさんの行動は変わっていて、仮に倒れたとしても、もっと早く気づいてもらえたのではないか、この最悪の事態を免れていたかもしれないと思いました。

 ようやく半日が経ったところで、自分を責めたところで、何も結果は変わることはないと思い、逆に追悼の意味を込めて、このブログを書こうと思いました。


 Uさんが運営していた事業所のFacebookでも載っていますが、MBSのドキュメンタリー番組『映像'22』「93歳のゲイ ~厳しい時代を生き抜いて~(https://www.mbs.jp/eizou/backno/22062601.shtml)」で、Uさんも少し映っていて、再放送などもあるようなので、私も是非観ようと思いますし、また、Uさんの勇姿をみていただければと思います。


 亡くなる数時間前のUさんとの食事中に、Uさんは「自身に万が一のことがあれば、パートナーはどうなるだろう」と言われていました。私からは「遺言書の準備」をしておくことを勧めた直後だけに、人生の終わりは、分からないということを改めて認識させられました。

 Uさんは、働き盛りのまだ50代でした。そして、本当に皆さんからも好感を持たれている立派な方でした。ご冥福をお祈りいたします。

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